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レンゴー環境経営講座

段ボール産業から見た実践経済学 2
講師:レンゴー株式会社 代表取締役社長 大坪 清


1. 新しい経済指標「国内総産出額」
2. 板紙・段ボール業界の改革
3. 限界利益からフルコストへ
4. 「囚人のジレンマ」と「合成の誤謬」

 

新しい経済指標「国内総産出額」
マクロ経済を表す一つの大きな数字として、いわゆるGDP(Gross Domestic Product)という指標があります。しかし、これが本当に日本あるいは世界の経済の強さを表しているかということについては、私自身は非常に疑問を持っています。むしろ、このGDPよりも「国内総産出額」を重要視してほしいと思います。
 現在日本のGDPは約550兆円です。けれども実は日本の総産出額は1,000兆円あるのです。この1,000兆円の中に中間投入が450兆円あって、差し引き550兆円がGDPということです。GDPというのはその国全体の経済活動の付加価値を表しているわけで、550兆円に対して1,000兆円の総産出額ですから、55%の付加価値があるということです。
一方、パルプ・紙というのは産出額が約8兆円です。それに対して、中間投入が5兆2,700億円。差額は約3兆円となっています。即ち、総産出額は8兆円あって、GDPベースの付加価値というのは3兆円しかない。約35%の付加価値になるわけです。紙・パルプ産業が、いかに付加価値が小さい、少ないかということです。
 例えば、私が神戸大学を卒業したのは1962年ですが、当時の日本のGDPは約71兆円で、現在は550兆円となっています。では段ボール産業はどうか。私が学校を卒業したころの段ボール産業というのは、生産量は9億7,900万㎡です。それから2000年になって134億㎡までなった。ところが2000年代以降は、1995年に135億㎡台に乗りながら10年経っても137億㎡です。段ボール産業自体がいわゆる成熟期に入っているということが、この数字ではっきり分かります。
 次に、段ボール原紙・段ボールケース価格の推移です。1980年前後がピークで、それまでずっと量も伸び価格も上昇し、この間には第一次・第二次オイルショックもあって価格が大きく変動した時期もあるわけです。しかしその後、2000年まで価格は逓減して、一方的に右肩下がりで落ちていきました。
 したがって、板紙・段ボール産業の付加価値もどんどん落ちていったというのが現実です。そこで、私が2000年にレンゴーの社長に就任して以来、業界の再編成に取り組み、成果をあげてきたという状況です。

 

講義風景画像

 

板紙・段ボール業界の改革
2001年に、王子製紙が当時あった板紙メーカーを再編して王子板紙という会社を作り上げました。その後、日本製紙が大昭和製紙を吸収合併して、日本大昭和板紙という会社を作りました。業界の再編は急激に進み、1980年ごろに八十数社もあった段ボール原紙メーカーは現在28社に減っています。スクラップ&ビルドと、M&A(Mergers and Acquisitions)等々で業界の再編が進んだというのが現状です。この業界の再編を進めると同時に、三位一体の構造改革の中の、まず板紙のプラットフォームを作り上げるということで努力して、完全にできあがったと私は思っています。
キーワードは3つあります。「需要と供給のバランス」「設備のスクラップ&ビルド」。そしてもう一つ「セーフティネットによる垂直統合」です。現在、レンゴーが進めているのは特にこの3番目です。中規模あるいは小規模の段ボールメーカーを、51%以上の株式を取得して、その企業のオペレーションあるいはマネジメントの実際のやり方というのをレンゴー流にいろいろ指導しながら、その会社を変えていく。その会社自身の、いわゆるメカニカルコンディションあるいはテクノロジー、これがもう業界よりも相当ビハインドしていて役に立たないということが分かれば、そこの機械を完全にスクラップにしてしまう。レンゴーが作った段ボールシート、レンゴーが作った段ボールケースをその経営者を窓口にして販売していくということで、設備能力は完全になくしてしまうというやり方をしています。これがセーフティネットということです。
「会社は誰のものか」という問題点を皆様方にも知っておいていただきたいと思います。2、3年前にライブドアの事件というのがありましたが、その間に村上ファンドが阪神電鉄を買収しよう、あるいはライブドアがフジテレビを、それから王子製紙が北越製紙を、楽天がTBSを、さらにはスティール・パートナーズがブルドックソースを買収したいという動きがあって、いっときこのM&Aというものが非常に盛んになった時期がありました。いわゆる敵対的買収です。この敵対的買収が行われる原点は、TOBをかける側には「会社は株主のものでしかない」、という株主主権論が前提にあるわけです。
 ところが私はその理論には真っ向から反対しておりまして、会社は株主だけのものではないと考えています。例えば、CSRという言葉は“Corporate Social Responsibility” という意味です。“Company”という言葉は使いません。“Corporate”、つまり法人という言葉です。法人とは一体何か。「法人とは本来ヒトではないが、法律上ヒトとして扱われるモノである。モノでありヒトである」というのがCorporateの定義です。
例えば街角の八百屋の主人が、自分の店先に飾ってあるリンゴを食べてしまった。これは罪にはならないわけです。しかし、あるデパートの社長あるいは大株主が、そのデパートの地下に降りて行って「おお、あそこにうまそうなリンゴがある」あるいは「クッキーがある、これはうまそうだ」ということで食べたとしたら、これは罪になるわけです。株式会社とはそういうものです。要するに株主はモノとしての会社の所有者、株式の所有者であるが、会社財産の所有者ではないというのが私の見解です。

 

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限界利益からフルコストへ
日本の製造業の従来型の損益をつかむやり方として、いわゆる「限界利益」という言葉を使用してきました。私はこの限界利益という言葉自体が、製造業、ひいては日本経済全体が間違った方向へ走る一つの要素になっているのではないかと考え、「社内では限界利益という言葉を使うな」と言っています。
限界利益とは、売上高から「変動費」を引いて出てきた利益です。変動費とは、原材料費、原燃料費、電力費等々、必要に応じて掛かってくる費用ということです。売上高からその変動費を引いた利益、これが限界利益です。
長い間、限界利益が出た段階で、これは正常な利益であるという錯覚に陥って、製造を続けるということがなされてきたために、日本は需要と供給のバランスが崩れてオーバーサプライになったというのが大きな要素としてあるわけです。
利益が出た段階で、それが固定費を完全にカバーしたものであれば、これは利益と言えるわけですが、固定費をカバーできていない限界利益というのは利益とは言えません。では必要な価格体系の原点とは何か、それは「フルコスト」であると私は思っています。
この考えを組み入れたのが「P=(1+m)AVC」という数式です。AVCというのはAverage Variable Costs、すなわち変動費です。変動費に、固定費をもカバーするマージンを掛けた、P=(1+m)AVCという方程式で価格体系を組み上げよ、と社内でも言っています。同時に、フルコストをカバーできないような商品であれば店頭に出さない、というぐらいの思い切った政策を取らなければ本当の意味のフルコストはできないと考えています。

 

アダム・スミスと「見えざる手」
ご存じのように、アダム・スミスは世界で最初に“Division of Labor”、すなわち「分業論」を唱えた人です。彼の著述した『国富論』の最初に「1人では1日に1つか2つしかピンを作れないが、例えば10人の人が手分けすれば4,000本も5,000本も作れる。これこそが分業の成果である」とあるわけです。
その『国富論』に出てくる言葉が “Invisible Hand” すなわち「見えざる手」です。(下記)
彼はその『国富論』の中で、「ナチュラル・プライス」「リアル・プライス」「マーケット・プライス」「ノーマル・プライス」。この4つのプライスという言葉を使っています。これは、労働がその物品、物質の本当の価格を対価として表すべきではないかということです。
本当に労働の対価としては正当な、いわゆるリアル・プライス、これを作り上げるべきであると。その過程として“Invisible Hand”というのは、それが完全に浸透すると“Invisible Hand”で社会に貢献しますということです。私はアダム・スミスが経済学の原点であると考え、これを参考にしながらいろいろなことを進めています。

 

“Invisible Hand”

He generally, indeed, neither intends to promote the public interest, nor knows how much he is promoting it. (By preferring the support of domestic to that of foreign industry,) he intends only his own security; and by directing that industry in such a manner as its produce may be of the greatest value, he intends only his own gain, and his is in this, as many other cases, led by “An Invisible Hand” to promote an end which was no part of his intention. (Nor is it always the worse for the society that it was no part of it.) By pursuing his own interest he frequently promotes that of the society more effectually than when he really intends to promote it.

(要旨)
公共の利益を増進するために仕事する人などいないし、自分の仕事がどれだけ公共の利益を増進させているか知っている人もいない。人は自分自身の安全と利益だけを求める。それは、見えざる手(“An Invisible Hand”)によって導かれた結果なのである。ところが不思議なことに、この“Invisible Hand”は思ってもみない現象を生みだす。商品や製品を作るという、自分のためでしかない行為が社会に貢献することにつながっていくのだ。

 

「囚人のジレンマ」と「合成の誤謬」
製造業において、業界のリーディング企業に一番必要とされるのは「ノーブレス・オブリージュ(noblesse oblige)」という概念です。レンゴーも現在ノーブレス・オブリージュの精神で臨んでいます。
例えば、レンゴーは年間で200万トンの生産能力があるけれども、やや需要が停滞してくるということになると、これを180万トン体制にしたり、あるいは極端なことを言ったら160万トン体制にしたりということで、需要供給のバランスを取るようにしています。
しかし、実際のマーケットでは「囚人のジレンマ」が起こることがあります。これは、あの会社はこれぐらい作っているだろう。こういう価格で重要なユーザーを取りにくるに違いない。それではこちらの方ではそれに負けないようにやっていこう。といった行動がそれぞれの企業で繰り返される。という現象です。こうした囚人のジレンマはゲーム理論の原点で疑心暗鬼とも言えますが、これが企業間で起こるということです。
それから注意しなければいけないのは、「合成の誤謬」ということです。つまり、この1990年前後から2000年にかけて日本がずうっと不況に陥った一番の原因は、この合成の誤謬が発生したということです。これは何かというと、銀行から各企業が借入をしていたわけです。バランスシートが非常に悪くなるのでこれを返済しなければならないということで、企業が銀行に対してどんどん返済を始めた。「あっ、あそこが返済するならこっちも返済しなければ」「こっちも」ということを行った結果、バランスシート不況を起こしたのがこの「合成の誤謬」の典型です。

 

複素数の概念の必要性
われわれ企業は皆様方に、社会に貢献するための財貨とサービスをつくり出すということで製造業、経済活動を続けています。しかし残念ながらこの時代になって、地球温暖化、いわゆるカーボン・ダイオキサイド、これに対してどう取り組むかという環境対策がクローズアップされています。カーボン・フットプリントがその中の一つです。
カーボンはいわば、経済活動が生み出したマイナスの財貨です。このマイナスの財貨をトレードする、エミッション・トレーディング・システムがいわゆる排出権取引です。日本は残念ながらキャップ・アンド・トレードではなく、いわゆるベースライン・アンド・クレジットという自己申告型のトレードシステムになりそうですが、レンゴーはいち早くそのベースライン・アンド・クレジットに対して参入するということを経済産業省に申告しています。
複素数がなぜ必要かという一つの大きな理由は、プラスの財貨を作りだした経済活動によって生み出された「ゴミ」というマイナスの財貨の存在です。このマイナスの財貨を、プラスの財貨としてトレードしていくというシステムができあがりつつあります。またそうしないと、カーボン・ダイオキサイドというマイナスの財貨を減らすことはできません。負の財貨の計算というのは、実数だけでできるはずがなく、そこで出てくるのが虚数も含めた複素数です。自乗すれば-1になるというこの手法を使わないと、本当の意味で経済数学と経済数理というのはできあがらないということです。