環境・社会 / 職業と学び-キャリアデザインを考える

職業と学び-キャリアデザインを考える

Packaging Economics(パッケージング エコノミックス)
講師:レンゴー株式会社 代表取締役社長 大坪 清


1. はじめに
2. 震災の歴史から学ぶ経済
3. 段ボールの歴史から学ぶ経済
4. 現代の若者に求められるもの

 

神戸大学画像

 

1. はじめに
 私は神戸大学経済学部を昭和37年に卒業しました。学生時代は部活動に専念し、バレーボール部のリーダーを務めていました。入学当時の神戸大学バレーボール部は3部リーグに所属でしたが、4回生のときに1部リーグに昇格し、神戸大学を強豪チームに築き上げられたことが一つの誇りです。
本日は、皆さんに私が社会人で経験を積み学んできたことをお話しし、今後の参考にしていただければうれしく思います。

 バレーボール中心の学生時代でしたが、アダム・スミスの「国富論」についてはゼミで真剣に勉強をしました。「国富論」の原書のタイトルは「An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations」、その中の“The Wealth of Nations”より、日本では「国富論」とよばれています。しかし“An Inquiry into the Nature and Causes”こそ重要です。この「国富論」を原書で読んだことが、私の学生時代のもう一つの誇りです。皆さんにもぜひ「国富論」の原書を読んでいただきたいと思います。
 「国富論」でいちばん有名な言葉に、"invisible hand(見えざる手)"という言葉がありますが、この"invisible hand"が、現代の日本の社会、あるいは日本経済にとってとても重要であると思っています。私はこの"invisible hand"は、"絆(きずな)"という言葉につながるものと考えています。見えなくても手と手がつながっているというこの言葉の意味の深さを、これから皆さんが勉強し、自分なりの解釈をつくり上げていただければと思います。

 

*Packaging Economic Growth Agent
not only wide impact across the economy
but preserver of environment

 今回「Packaging Economics(パッケージング エコノミックス)」という主題を選んだのは、"Packaging"という言葉自体を日本語訳にしたくないという思いがあるからです。"Packaging"には"包装"という日本語訳がありますが、私はあえて"Packaging"という言葉は、そのまま使いたいと思っています。「Packaging Economics」という言葉になると、これは“Packaging”そのものを理解すれば、世界経済がわかるということを表しています。“Economic Growth Agent”と記載していますが、“Packaging”は経済の成長を媒介する一つのシステム、素材であるという意味です。その後ろの“not only wide impact across the economy but preserver of environment”は、“Packaging”が経済全体だけでなく、環境問題にまで影響を及ぼし、環境自体を保護することにつながっていることを述べています。それほどの影響力をもつものが“Packaging”なのです。この“Packaging”を主力事業としているのがレンゴーであり、当社のコア・コンピタンス(core competence:他社に真似できない核となる能力)の中でも、基軸となるのが段ボールです。当社の様々な業態、業容、数字、あるいは実際に伸びている品目等を分析することによって、日本経済、あるいは世界経済の実態も理解することができます。

 

講義風景画像

 

2. 震災の歴史から学ぶ経済
 温故知新、故きを温ねて新しきを知るということですが、私の経験から皆さんのご参考になることを少し申しあげたいと思います。
 2011年3月11日、東日本大震災が起きた時、私は伊丹空港14時30分発の飛行機に乗り羽田空港に向かっているところでした。15時30分頃、キャビンアテンダントから羽田空港が混雑しているのでしばらく旋回するというアナウンスがあり、今度はパイロットから羽田空港に着陸できなくなったので急遽名古屋空港に着陸するというアナウンスがあり、そして今度は名古屋空港も着陸できなくなったので伊丹空港に戻るというアナウンスがありました。伊丹空港に戻ってきたのが16時前でしたが、伊丹空港着陸後、パイロットから、現在羽田空港の管制塔と連絡を取り合っており再び飛び立つ可能性があるので、全員機内で待機するよう指示がありました。
 最終的には伊丹空港で全員降りましたが、このように指示が二転三転したのは、管制塔からパイロットに対して、14時46分に大地震が起こり、羽田空港も被害を受け、着陸不可能になったという正確なインフォメーションが入らなかったことに原因があります。
 現在、IT、通信機器が非常に発達していますが、本当に正確なインフォメーションは、人と人とがつながって初めて伝わることもあります。組織においては、司令塔であるトップと現場の人間が、正確なインフォメーションを交換することが重要で、最近の風潮ではメカニズムだけを発達させれば世界はうまくいくという誤解があり、人間同士の直接のコミュニケーションが二の次となっていることが一つの問題なのではないかと思います。

 1995年の阪神淡路大震災が起こった当時、私は海の見える宝塚の高台に住んでいました。1月17日午前5時46分、淡路島寄りの西宮マリーナの向こう側がピカッと光った途端に、ゴーッという非常に大きな音がして、上下動の大地震が起こりました。私はその時、地震ではなくジェット機が落ちたのではないかと思ったほどでした。結局、実際何が起こったのかを正確に理解するまでには、人間の感覚ではそれなりに時間がかかるものなのでしょう。

 日本のもう一つの大きな震災、関東大震災の状況についても私なりに調べてみました。大阪の朝日新聞が出した当時の号外をご紹介します。まず見出しは「大正十二年九月一日、本日正午の大地震。東海道鈴川方面が震源か。一尺餘りも陥没した鈴川驛(えき)」。次の大きな記事は、「電信電話悉(ことごと)く不通」。その次の大阪朝日新聞号外第二号の見出しは「大正十二年九月一日、地震と駿河灣(わん)の大海嘯(かいしょう)」「富士山爆發(はつ)の變(へん)じたものか」「地震から横濱(はま)大火か」となっています。大海嘯というのは海から川を上っていく非常に大きい津波という意味です。つまり、関東大震災発生直後の報道では東京で地震があったことは一言も伝えておらず、9月1日の大阪朝日新聞の号外第一号で鈴川方面、第二号で「富士山爆発によって駿河湾」としか出ていないのです。
 地震発生の翌日、9月2日の朝日新聞号外第四号では「陸軍大臣の命達を飛行機で齎(もたら)した大阪着の波多野中尉。所澤を二日午前八時出發した所澤航空學校の波多野砲兵中尉は東上等兵を同乗せしめ、途中各務ヶ原でガソリンを補充して午後二時十五分大阪城東練兵場に到着した。直ちに、第四師團司令部に赴き、東京附近大震災の報告をなし師團長を官舎に訪問。陸軍麺麭(めんぽう)十萬貫、米千五百石、至急巡洋艦に載せ廻送すべき旨の陸軍大臣の命令書を傳達した」「あらゆるものは倒れた」「壞れた、燒けた、死んだ」「帝都に戒嚴令布(し)かれる」と伝えています。翌日になってようやく東京で大地震が起き、戒厳令が敷かれる非常事態であることが報道されました。地震発生直後に正しい報道がされず、誤った情報が伝えられてしまったのは、東京が壊滅したために通信手段が奪われ、大阪、東京間の連絡が取れなかったからです。
 今回の東日本大震災と同様、関東大震災当時も正確でスピーディな情報伝達がなされなかったことがこの朝日新聞の号外からもわかります。私が経験した阪神淡路大震災の時も同様でした。地震直後に停電になったのでラジオをつけると、「ラジオ局も大きく揺れたけれども、それほど大きな影響はないであろう」と流れ、神戸、淡路島北部でこれほどの地震が起こっているとは、ラジオ放送からは判断できませんでした。
 現代はさまざまなメカニズムが発達していますが、正確なインフォメーションというものは人間が分析し、直ちに報道しなければなりません。人間の分析能力、予知能力が改めて問われているのではないでしょうか。

 大正12年の関東大震災で復興に要した費用は約100億円であったと言われています。当時の日本の国家予算は約15億円ですから、当時の日本人が国家予算の7倍もの費用をかけて日本復活に精力を費やしたことになります。また、復興費用として、国家予算の7倍もの財貨とサービスを経済活動で生み出した点も驚くべきことです。
 阪神淡路大震災の復興費用は累計で約15兆円を費やしました。関東大震災、阪神淡路大震災から日本が復興できたのは、多額の復興予算とスピーディな体制が組まれたからです。
 今回の東日本大震災は、先の二つの大震災のようには復興が進んでいません。復旧・復興は一朝一夕にはいかず、今後10年の間に皆さんが成長して復興費用を生み出していくために努力していただかなければなりません。
 そのためには日本全体の経済をさらに成長させる戦略が必要です。われわれ民間が声を大きくして成長戦略を組んでいかなければなりません。経団連などの財界も現政権と協調して、さまざまな案をまとめ、復興に早期に取り組む必要があります。

 

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3. 段ボールの歴史から学ぶ経済
 皆さんは中学・高校で日本史を学んだかと思いますが、石器時代、縄文式・弥生式の土器の時代、青銅器時代、鉄器時代など、歴史を器で表すことができます。その後は、木器の時代と続き、現在は紙の器である紙器の時代に分類することができると私は考えています。
 木器(木箱など)は物の動きがそれほど多くない時代には十分に物流を賄えていましたが、物量が増加するにつれ、紙器の時代に移り変わってきました。紙器の普及が世界経済の発展、あるいは物流の発展に非常に重要な要素になり、さらに多くの紙器が必要とされています。その紙器の中でも最も重要なものが、物をまとめて運べる段ボールです。段ボールは商品を運ぶ最も外側の容器となり、中に入るダース箱や個別のフィルム包装された商品を保護しているのです。段ボールがなければ物流は成り立たないといっても過言ではありません。
 段ボールは1800年代後半、イギリスで誕生し、やがて当社の創業者である井上貞治郎が日本で初めて事業化し、「段ボール」と名付けました。今日、日本で扱われている「段ボール」は本来ならばレンゴーのブランドですが、誰でも使えるようにしたことで、「段ボール」は商品名ではなく誰もが知る一般的な言葉となっています。

 歴史を追って段ボールの数字をお話ししたいと思います。段ボールの生産量はほぼ経済の伸びと比例すると言われています。私が社会人になった頃の1960年の日本の段ボール生産量は10億㎡でした。30年経った1990年代には約120億㎡、12倍になりました。2000年には約130億㎡となりましたが、2010年の生産量も約130億㎡に留まりました。日本の段ボール業界に着目すると、バブル経済崩壊後の1990年から2010年にかけての日本経済は成長が止まっていたのかという疑問が湧くはずです。
 次に日本のGDPの推移に注目してみると、1960年は約70兆円、1990年は約450兆円、2000年は約480兆円、2010年は約510兆円となっています。段ボールの成長が日本全体で横ばいになると、日本経済全体のGDPも横ばいになっています。
 世界に目を向けると、2000年の世界の段ボール総生産量は1,290億㎡、2005年は1,610億㎡、2010年は1,910億㎡となり、日本とは異なり2000年以降、大幅に伸び続けています。段ボールの動向から経済成長を見た場合、日本やアメリカでは近年横ばいが続いていますが、中国やインドを中心にしたアジアでは大幅な成長を遂げていることがよくわかります。
 2000年の中国の段ボール生産量は約120億㎡と日本の約130億㎡よりも少なかったのですが、2010年になると中国は約470億㎡となり、日本の3倍以上もの生産量に達しています。いかに中国が急成長しているかがわかりますが、他にインド、ブラジル、ロシアも同様に成長し続けており、これらの地域は「BRICs」と呼ばれます。Bはブラジル、Rはロシア、Iはインド、Cは中国を指します。このBRICsに続いて伸びつつあるのが「VISTA」で、Vはベトナム、Iはインドネシア、Sは南アフリカ、Tはトルコ、Aはアルゼンチンを指しています。経済成長が見込まれるこれらの地域とどのようにビジネスを進めていくかが、日本にとっても重要なポイントとなります。
 このように段ボールの需要に注目すると、世界経済の動きがよくわかります。日本では、日銀が2か月に1度、短期の景気の見通しについて企業短期経済観測調査を発表していますが、その発表前には、段ボール業界、あるいは当社から見た経済状況について日銀が当社に対してヒアリングを行います。結果的に、日銀の見通しと段ボール業界の見通しはほとんど変わりません。

 

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4. 現代の若者に求められるもの

 ここからは皆さんに対する期待を込め、現代の若者に求められるものについてお話をします。アダム・スミスは「国富論」を出す少し前に「The Theory of Moral Sentiments(道徳感情論)」という本を出しています。彼はこの「道徳感情論」で、社会や経済、国政だけでなく、人間のあり方についてもさまざまな角度から分析しています。
 私はこの書物にある5つの言葉を皆さんに贈りたいと思います。まず一つ目は“morality(道徳)”です。アダム・スミスは人間が生活していく、あるいは経済活動を営む場において“morality”が非常に重要になると考えました。その次に“ethics(倫理)”、それから“philosophy(哲学)”です。自分なりの倫理、哲学を持つことが重要だと述べています。その次に、この本の題名である“Moral Sentiments”にも含まれている単語ですが、“sentiment(感情)”、誰しもが感情を持っていることを忘れないこと。そして最後に“sympathy”、私はこれを「惻隠(そくいん)の情」と日本語訳していますが、この言葉の意味をよく理解いただきたいと思います。惻隠の情というのは武士道精神に通じるものです。武士道を極めた人は、闇討ちなどをすることはありません。いざ戦うときは必ず自分の名を名乗り、そしてお互いに鞘を当て、お互いに相手を尊重し理解し合うという、まさに惻隠の情を持って戦うのです。この精神が現代の日本人や、若者に大変欠けているのではないかと思っています。今日、この5つの英語、“morality”、“ethics”、“philosophy”、“sentiment”、“sympathy”をぜひ覚えていただき、将来社会人になったときに改めて考えていただければと思います。

 また、日本語でも、皆さんに覚えていただきたいと思う言葉があります。一つは、藤原正彦さんの著書「日本人の誇り」にも出てくる、「矜持」という言葉です。自分に誇りを持ち、自分自身のことをよく知り、自らの強さを信じること、自信を持って行動する精神、それが「矜持」です。この「矜持」は“pride”と英訳されることが多く、プライドを持つことが重要だと解釈されがちですが、私はそうではなく“self-confidence”と考えており、自分を信じて強くなる精神を指す言葉だと捉えています。

 もう一つ、“noblesse oblige”という言葉があります。自分が強い分野があり、一方でその分野に弱い人がいたとすれば、自分が持っている強さでカバーしてあげるというのが“noblesse oblige”の精神です。当社は、段ボール・“Packaging”において日本で最も強い企業ですが、弱い企業が出てきたときは破滅に追いやるのではなく、その従業員がきちんと生活できるようセーフティネットを張っていくことが私の経営方針の基本です。
 例えば、当社は3年前に派遣社員1,000人を一挙に正社員にしたことがあり、新聞やテレビでも大々的に取り上げられたことがあります。また、その頃から私は日本の少子化問題について、企業が果たすべき責任について考えており、第一子2万円、第二子5万円。第三子100万円の出産お祝い金を給付する制度もつくりました。この100万円制度をつくって以来、3年前までは第三子の出産数が年間4~5人であったものが、今では年間約30人まで増え、3年間で累計すると計108人もの第三子が誕生しています。日本の少子化を解決していくためには、皆さんが将来、少なくとも3人の子供を持つぐらいの目標を持ち、それを実現できる社会に日本全体で変えていかなければならないと思います。矜持を持って自らを鍛えていただきたいと思っています。

 最後に、皆さんには物事は自分で決断していただきたいと思います。ジョン・F・ケネディが大統領就任演説で用いた言葉を贈ります。

“Ask not what your country can do for you , ask what you can do for your country.”

“祖国があなたに何をしてくれるかではなく、あなたが祖国のために何ができるか考えてほしい”という意味です。皆さんにも、国が何かをしてくれることを頼りにするのではなく、皆さん自身が国や社会に対して何ができるかを、これから真剣に考えていただくことをお願いして、結びといたします。