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経営者と語るリーダーシップ

質疑応答


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Q1:
いろいろな価値があふれている世の中でさらに新しいものを見出すのは難しいと思うのですが、どうすれば付加価値が見出せるのか、イノベーションを起こしていけるのか、ということについてお話しいただけますでしょうか。

A1:
 付加価値という言葉そのものについて、特別な印象を持っているのかもしれませんが、資本を投入して機械を設置し、その設置した機械に労働力を投入し、そこで出来上がった製品、これが一つの付加価値です。
 ただし、あなたの言うようにこれがはたして付加価値としてどのくらいの価値があるのか、これは確かに価値ではあるけれども、それをさらにイノベーションによってどう高めていくか、ということを質問しているのだと思います。
 それは確かに重要なことで、いま我々は考え、さらなる付加価値を求めています。

 今は第四次産業革命が起こっています。第一次産業革命は、機械製工業の発明と、人間の労働力に加え、水蒸気のエネルギーを力に変える蒸気機関の出現です。人間社会がどんどん発展していって、大量生産のシステム、要するに生産ラインができたのが第二次産業革命です。第三次産業革命は、デジタル化です。アナログ社会からデジタル社会への変化です。
 では、アナログとデジタルの違いは何か。これはもうはっきりしています。アナログでは0から9までの数字を使って処理をしますが、デジタルというのは0と1しかありません。0か1かの判断で処理をしています。ビットやバイトというのは全部それです。これはもう大革命です。だから1999年から2000年になったとき、2000年という数字をどのようにしてデジタルで表すか、コンピュータでどう対応するかということを苦労して行いました。デジタルでは、0と1で全てを判断していくから処理が早くなるわけです。

 第四次産業革命とは何でしょうか。新聞をよく読んでいる人はわかっていると思いますが、3年前にドイツのハノーヴァーメッセで始まり、これが今全世界に広がっています。IoTという言葉を聞いたことはないでしょうか。Internet of Thingsのことです。なぜInternet of Human、Human-beings、あるいは人間全体を表すPhysicalではないのでしょうか。モノとモノがインターネットでつながる。これは人間がいなくなってしまうということなのでしょうか。IoTは非常に重要なことですが、これを進めていくなかでいろいろ考えていかなければならないことがあります。モノとモノとがつながって、ロボットとロボットがつながって、人間はどうするのでしょうか。

 

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 この基本にあるのは、IoTだけではなくCPS(Cyber-Physical System)が重要だ、ということです。 Internetとは、目に見えないCyberの世界です。目に見えないCyberの世界と、Physicalすなわち人間とを、どのようにうまくシステムとして組み上げるか、というのが最終的なことであって、そのうちのひとつがIoTなのです。ですから、IoTだけを進めるのではなく、CPSをひっくるめて第四次産業革命に本気で取り組まなくてはなりません。

 当社も、とある海外企業からIoTを進めたいと提案を受けたことがあります。具体的には、機械設備のあらゆるところにセンサーを設置したいというものでした。その海外企業が、センサーとインターネットを介して、今機械設備がどのような状況か、というデータを収集するわけですが、せっかく我々が開発したノウハウまでもが全部インフォメーションとして含まれてしまうわけです。それは問題だということです。Internet of Thingsと同時に、Intranet of Things、つまり日本国内、または社内のイントラネットをまずつくることが先決です。
 CyberとPhysicalとがうまく融合するシステムをつくりあげるのが第四次産業革命です。Cyberの世界に全て支配されるということになると、人間社会は、あるいは地域社会は、地域産業はどうなるのでしょうか。その問題をしっかりと考える必要があります。
 質問から派生しすぎたかもしれませんが、今はそのようなことに取り組んでいます。

 

Q2:
リーダーとして、言葉を非常に大切にされている、と感じました。どういう形で、どういった契機で言葉を使いこなし、自分のものにされてきたのですか。

A2:
 私は自分で上手に言葉を使いこなせていると思ってはいませんが、暇なときは本を読んだり、人との会話のなかでも重要なことは自分のものにしたほうがいいと思っています。自助努力です。あるいはそういうところに興味を持つということが必要なのかもしれません。ただし、決して自分はそんなに言葉を知っているとは思いません。もっと勉強しなくてはならないと思っています。

 

Q3:
リーダーの方々は、昔の反省、教訓に通じておられると感じます。しかし今のデジタル社会では、昔の知識に触れる機会が無いと感じています。そのような教訓、知識、情報の仕入れ方について教えていただきたいです。

A3:
 極端に言うと、自分は一体何であるか、ということをしっかりとつかむ必要があるのではないでしょうか。
 “コギト エルゴ スム(Cogito, ergo sum)”という言葉をご存知でしょうか。デカルトの『方法序説』に出てくる非常に重要な言葉です。“I think therefore I am.”「我思う、故に我あり」という意味です。少し興味を持って、自分は一体何であるか。自分をつかんでいくためには、やはり多少はインテリジェンスを持つようにした方がよいです。

 「無知の知(Intelligent of ignorance)」とは、ソクラテスの言葉です。自分は一体何を知っているのか。“I think nothing. I know nothing.”何も知らない、ということを私は知っている。「無知の知」、これは非常に重要であり、自分が全部知っていると思ったら大間違いで、自分が知らないことがあるということを自分が知る、ということが常に重要です。

 

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Q4:
住友商事からレンゴーに移ってきたとき、社長として招聘されたのですか?住友商事時代は、どのようなご経験をされましたか?

A4: 
 私は、中学、高校、大学とバレーボールばかりやっていました。私が入学した大手前高校のバレー部の実力は、高いものではありませんでした。バレー部から声がかかったので入部したのですが、同じやるなら徹底的にやろうと、授業間の10分休みにもバレーボールの練習をしておりました。ですから、6時間授業であれば10分間ずつで、1日で60分となります。これは自慢話ではありませんが、おかげで高校卒業時は、大阪府で2位の成績となりました。最後の決勝戦で高津高校と大手前高校が大阪府立体育館で対戦し、最後に当方のミスで負けたのですが、それはもう大手前高校始まって以来の快挙でした。 その後、神戸大学に入学し、バレーボール部に入部しました。入学時、チームは4部リーグでしたが、このままではいけないと思い、私は2年生の後半からバレー部のキャプテンを務め、徹底的にチームを鍛え直しました。そして、4年生になった時には1部リーグに昇格することができました。1部と言えば、関西学院大学、関西大学、同志社大学、立命館大学などの強豪揃いで大変でしたが、一勝することができました。

 卒業後は住友商事に入社しました。当時の津田久社長から、「大坪、お前はどんな仕事がしたいんだ」と問われた時、私は、住友商事で一番弱い部署に入れてください、と答えました。当時、住友商事は鉄鋼商社といわれ、十大商社中で9番目でした。鉄鋼一本で、住友グループ内の仕事しかしないのは住友商事の発展にとって必ずしもプラスにはなりません。そう考えて、一番弱いところに入れてくださいと答えたのです。昭和37年に初めて木材紙業部が設置され、その第一号の課員が私でした。それから住友商事が紙・パルプ事業に本格的に参入することになり、当時の摂津板紙に私が出向することになりました。4月に入社して6月に出向辞令が出たのですが、入社3ヶ月で出向辞令が出たというのは、住友商事の歴史の中でも、後にも先にも初めてだったのではないでしょうか。

 摂津板紙は、当時業界でも非常に有名な強者だった増田義雄氏が社長を務めておられました。その増田社長から、「大学を出て商社に入ったので、万年筆を持って仕事をできると思ってここへきたのであれば大間違いだ。今日から三日間、抄紙機の下で寝泊まりしてみなさい。」と言われました。従業員の皆さんは、いくら社長がそう言っても、まさか住友商事からの出向者にそんなことはできないだろうと考えていたと思いますが、私も変わり者だから本当に寝泊まりしました。寝泊まりしてみると、夜間は機械が全部止まっていて静かで、どこにどのような配線やパイプが走っているかがわかるのです。三日も寝泊まりすると、抄紙機の全てがわかるようになりました。その後摂津板紙で、約三年間を過ごしました。

 出向後、住友商事に戻ってから、紙・パルプの仕事をずっとやっていました。摂津板紙の増田社長の紹介で、当時聯合紙器(現レンゴー)の労務担当役員で、後に社長を務められることになる長谷川薫氏に初めて会ったのは、昭和42年のことでした。

 私は住友商事では色々な仕事をしましたが、昭和60年頃からは海外に赴任していました。マレーシア支店長を4年半務めたり、シアトルに1年いたり、ヨハネスブルクへ行ったりし、最後はロンドンに約4年いました。ロンドンでは、欧州の社長とロンドンの社長、両方務めていましたが、ある時、当時レンゴー社長であった長谷川薫氏から、レンゴー社長就任の打診を受けることになります。しかしながら、私にはまだまだ住友商事でやるべき仕事がありました。欧州で1,000人程、ロンドンで200人程の従業員もいますし、どうしようと考えていたところ、ある日長谷川氏から電話があり、日本経済新聞に私がレンゴーの次期社長に就任するとの記事が掲載されたことを知らされました。そして、レンゴー社長に就任した、というヒストリーです。

 

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 当社は、外から見れば華やかに見えますが、中へ入ると偉大なる中小企業的なところがあり、近代化が遅れている部分が色々なところにあり、私はそれを改革していきました。改革を進めることによって、業績が向上し過去とは桁違いの数字になりました。私が社長に就任した頃は、単体で売上高約2,570億円、当期純利益約60億円でしたが(いずれも2000年3月期単体)20億円も利益がでたらよい方でしたが、現在は連結で売上高5,200億円の会社になりました。利益も100億円から200億円になってきています。それほど変わりました。偉大なる中小企業から、本当の大企業に変わっていきました。
 私は当社のオーナーではありませんが、オーナーシップを持って経営にあたっています。ただし、ワンマンにはならないです。リーダーが最もやってはいけないことは、独裁者(autocrat)になることです。それで先程言った「逆命利君」を使っているのです。

 もう一つ、企業経営にとって一番重要なことをお話しします。
 学生時代、アダム・スミス著『An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations(国富論)』を原書で読破しました。バレーボールを一生懸命やりながら、二巻ある『国富論』を原書で読むのは大変でしたが、これもまた負けず魂で読みました。私が神戸大学で勉強したのはそれだけといってもいいくらいですが、徹底的に読み込みました。
 出だしは「Division of Labor」ですが、そこで出てくる「Invisible Hand(見えざる手)」が非常に重要なことになります。東日本大震災の時、日本にとって重要となったのは「絆」という言葉です。「絆」という言葉を英訳すると、どのような英語になるのでしょうか。私が「Invisible Hand」を使うべきであると主張したところ、みんなが使い出しました。必ずしも「見えざる手」の本当の意味は理解されていないと思います。アダム・スミスが『国富論』の前に著した『The Theory of Moral Sentiments(道徳感情論)』に、企業経営者にとって一番重要なことが書いてあります。
一つ目は「Morality(道徳心)」です。道徳心をリーダー、あるいは経営者は持つべきです。
二つ目は「Ethics(倫理観)」です。これは絶対に持たなければなりません。
三つ目は、企業を経営するために基本的な「Philosophy(哲学)」を絶対に待たないといけません。
四つ目が「Sentiment(感情)」を持たなければなりません。
 そして、最後にアダム・スミスが言っているのは、「Sympathy」です。私は自分なりの言葉で「惻隠の情」と訳しています。
 この五つを兼ね備えないと、本当の意味のリーダーシップは発揮できません。

 日本は法律に基づいた社会ですが、法律に縛られた状況になり、法律だけが全て、ということになってしまうと、道徳心が廃れてくるかもしれません。「Moral obsolescence(道徳的摩滅)」、道徳心が廃れた状態となることは避けなければなりません。これもリーダーシップにとって重要なことだと思います。

 本日お話ししたことが、皆様のお役にたてることを祈念いたします。

 

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